今回も敬念寺 26代 副住職さんに教えていただいた
お墓の前字についてのお願いです
![]()
以前あった実際の相談です
- 「姓の違う先祖の墓に納骨してはいけないのか?」
- 「勘当した息子の骨はいれたくない」
- 「仲の悪かった者同士お骨を一緒にしても喧嘩しないの?」
など墓の縄張り争いのような事を言われる方がおられます
それは骨そのものを故人と見るところから生じてきます。
しかも、その“骨”の故人は、生前の自己中心的な欲望や感情に縛られたままの故人なのです。
そういう目でしか故人を見れない私自身こそ問題なのです。
私の尺度で死後の世界を捉えようとし、あげくの果て、不幸が重なれば先祖のせいにしかねない私どもです。
そのような意味のお墓ならいっそ無いほうがいいのでは?いつも私は思います。
亡き人はたとえ生前対立していた故人同士でもお浄土で、
世俗のわだかまりから解放されて、ともに手を取り合い私どもにお念仏の法を説いて下さっているのです。
ですからそういうことは一切気にする必要はありません。
故人を大切に思う心があれば、堂々と自家のお墓に納骨すればよいのです
○○家でないと、、、そんな私の執着ではない念仏であっていただきたい。
これも前字を南無阿弥陀仏とする願いです。
しかも、その“骨”の故人は、生前の自己中心的な欲望や感情に縛られたままの故人なのです。
そういう目でしか故人を見れない私自身こそ問題なのです。
私の尺度で死後の世界を捉えようとし、あげくの果て、不幸が重なれば先祖のせいにしかねない私どもです。
そのような意味のお墓ならいっそ無いほうがいいのでは?いつも私は思います。
亡き人はたとえ生前対立していた故人同士でもお浄土で、
世俗のわだかまりから解放されて、ともに手を取り合い私どもにお念仏の法を説いて下さっているのです。
ですからそういうことは一切気にする必要はありません。
故人を大切に思う心があれば、堂々と自家のお墓に納骨すればよいのです
○○家でないと、、、そんな私の執着ではない念仏であっていただきたい。
これも前字を南無阿弥陀仏とする願いです。
